New Treasure 3 Lesson8
L8-1 英語に直しましょう
9月10日 月曜日
私のおじが先週末再び私たちに会いに来ました。
夕食に私たちは前回食事をしたレストランに行きました。
しかし、そのレストランは閉まっていました。
なので私はベイカーさん(男性)が私に教えてくれたブラジル料理のレストランを提案しました。
私たちはそこに行きました。そこは素晴らしかったです。
私はそこで、普段月に一度一緒にサッカーをするブラジル人男性と会いました。
どうして彼がそこにいたのでしょうか。
彼のおじもまた彼の家を訪ねていたのです。
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L8-2 英語に直しましょう
これはあなたのお父さんがかつて勉強していた学校です。
本当ですか。
ええ、そうです。 私は彼が学校に行った最初の日を覚えています。彼はたった5歳でした。
僕はお父さんから、あなたがさよならを言った時に彼は泣いたと聞きました。あなたも泣きましたか。
ええ、私は自分が泣いたのか理由は分からないけど、悲しく感じたのかもしれません。
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L8-3 英語に直しましょう
私は今年誕生日を友達みんなと過ごしました。
みんな私の家に早くつきましたが、その時私はまだ朝食を食べているところでした。
彼らは『ハッピーバースデー(の歌)』を歌い、そして乾杯の代わりに私たちはバースデーケーキを食べました。
私は彼らがそれを前日に作ったと聞いて驚きました、というのは宿題がたくさんあったからです。
次に私たちは町へ行き、そこで映画を見ました。
こうして私はその素晴らしい一日を過ごしました。
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L8-Read① 英語に直しましょう
どの地域にもその土地自身の話し方があります。
私たちはそれぞれ私たち自身の母国語を愛し、それを“mother tongue”と呼びます。
ハワイのピジン語は日常会話においてハワイで多くの人に使われている言語です。
それは他のいかなる言語と同じぐらい尊敬に値します。
しかしながら過去には、ピジン語話者たちはこのように言われてきました。
「あなたたちの母国語は本物ではなく、または『ブロークンイングリッシュ』です。」
長い間、ピジン語話者たちは彼らの母国語を誇りに思っていませんでした。
ピジン語とは
ピジン語とは、異なる言語の話者がコミュニケーションをとる必要がある状況で発達する新しい言語です。
『ピジン』という言葉は最初に英語圏の国で働く中国人労働者によって作りだされました。
外国人とコミュニケーションをとるために、彼らはチャイニーズピジンを発達させました。
今日、世界中にたくさんのピジン語が存在します。
ハワイのピジン語はおそらくその中で最も有名です。
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L8-Read② 英語に直しましょう
ハワイは1778年に初めてヨーロッパ人によって訪問されました。
19世紀の終わりから20世紀の始めに、ポルトガル、中国、日本そしてフィリピンなどの国から農場やサトウキビプランテーションで働くために人々がハワイにやってきました。
最初は、これらの労働者たちは一緒に働く人たちとコミュニケーションをとる手段がありませんでした。
彼らの間では英語が唯一の共通語でした。
その当時、ハワイは次第にアメリカの一部になっていきました、そしてそこでは英語を共通語としていました。
労働者たちは英語を身に付け、それに彼ら自身の言語から何かを付け足しました。
ハワイのピジン語は労働者たちの第一言語と、英語と外来語の構造から成り立っています。
ハワイのピジン語は次第にハワイ中に広まり、子どもたちがそれを彼らの第一言語として話し始めました。
1920年代まで、ピジン語はハワイの人々の大多数の言語でした。
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L8-Read③ 英語に直しましょう
ピジン語において、文法は単純になる傾向があります。
人々はお互いに素早くコミュニケーションをとる必要がるので、皆もっとも簡単な方法を探し
ます。
ほとんどの場合、英語の文法はとても単純です。
ピジン語はそれをより単純にしました。
例えば、ハワイのピジン語は過去形を表すために動詞の前に“wen”を使います。
もしもあなたが“I ate”と言いたいのなら“I wen eat”と言います。
たくさんの不規則動詞の過去形を学ぶ必要がないのです。
別の例を挙げると、“Would you like…?”は“You like…?”になります。
ときに、外来語が混ざった組み合わせさえ存在します。
ピジン語で“Bumbai bachi”は『後に何か悪いことが起こる』という意味です。
ここでは、“bumbai”という単語は『すぐに』を意味するフィリピンンの言葉に由来し、“bachi”は『不運』や『罰』を意味する日本語に由来しています。
いくつかの概念は他の言語からの完全な翻訳です。
例えば、ピジン語話者は寒かったり奇妙な体験をしたときに、“chicken skin”になった、と言います。
これは日本語の『鳥肌』の直訳です。
“Chicken skin” はもちろん標準英語の表現ではありません。
英語の通常の表現は“goose bumps”です。
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L8-Read④ 英語に直しましょう
ピジン語を使っていた初期の労働者たちは読み書きができませんでした。
このようにして『労働者階級』の言語としてのピジン語のイメージが広がり始めました。
ハワイが州になる直前の1930年代と1940年代には、多くの人はピジン語を“broken language”として考えていました。
誰も学校で“broken language”を使いたがりませんでした。
親たちは子どもにより高い生活水準を享受してほしいので、標準英語を使わせました。
彼らの子どもの子どもたちもまた学校へ行き、彼らの先祖たちが創りあげた単純な言語では
なく、標準英語を学びました。
残念ながら、人々はピジン語を話すときに誇りを感じなかったのです。
今日の人々は正式な場面でさえも、英語の話し方には多くの種類があることを理解してい
ます。
この新しい理解はハワイのピジン語に新たな尊敬をもたらしました。そして、それは今ハワイの学校で教えられています。
このことの一つの例としては、彼の母国語としてピジン語を話す弁護士です。
彼は上手な標準英語を上手く話せなかった恥ずかしがり屋の男の子でした。
彼は弁護士の仕事のような地位の高い仕事に就くなんて決して夢にも思いませんでした。
しかし、彼が学校でスピーチの方法を学んでいたとき、彼の先生が彼にピジン語で話すように促しました。
そうすることによって、彼はよりスラスラとスピーチをすることに成功しました。
彼は自信を得て、そして現在では標準英語だけでなくピジン語も人前で話します。